森には発見と感動があふれている 〜押井の里で森の楽しみ方を伝える自然観察リーダー中根賢二さん

「この写真見て。羽化したてのアオバセセリという蝶だよ。ウツギで蜜を吸っているところ。これを見つけた時にはね、うわーって感動しちゃって1日中幸せだった」と声を弾ませる中根賢二さん。昆虫、植物のことを語る中根さんの様子から、どんなに自然を楽しんでいる人物なのかが伝わってきます。

きれいな配色のアオバセセリ

農林業や人々の暮らしの変化、さらには気候変動に伴って刻々と変わっていく押井の里の自然環境。今の自然の実態を後世に残したい。そのために協力を仰いだうちの一人が自然再生士や森林インストラクターの資格を持つ中根さんです。

中根さんは依頼を快諾し、2020年から押井の里の自然観察コーディネーターとして調査を続けています。押井に出会うまでのこと、押井での活動内容や想い、今後についてお話を伺いました。

甦ってきた自然への想い

幼い頃から生き物が大好きだったという中根さんは愛知県愛知郡東郷町の出身。かつての東郷村には、田んぼにメダカやフナがいるような自然環境があったそうです。ずっと昆虫が好きな少年でしたが、「昆虫の研究者になるのは難しいかもしれない」と感じ、大学進学時には経済学を選択しました。

様々な分野で働いてきた中根さんは50代前半の頃、当時やっていた仕事に区切りをつけ、学び直しをすることを決めます。そして、当時の仕事の背景にある「国家による個人の健康への介入」について考えたいと大学院の法学研究科に入学しました。2年後に卒業し、このまま研究を続けていくかどうか迷っていた時、中根さんにこんな言葉をかけた人がいました。

「本当に好きなことをやった方がいいよ」。

中根さんの頭に浮かんだのは、「自然」という2文字でした。

「そうだ!自然の楽しみ方をみんなへ伝えていく方が楽しいし、世の中の役に立つ」

そう感じました。

人との出会いで押井へ辿り着く

2014年、中根さんは自宅の裏山整備を始めようとチェーンソーを購入しました。使い方に不安があり、きちんと学びたいと考えていた時に見つけたのが、とよた森林学校が主催している間伐ボランティア初級講座でした。この講座に参加したことが、豊田市に足を運ぶようになるきっかけとなりました。

広葉樹を伐る中根さん

講座が終わると、同期生が立ち上げた「とよた旭七森会」という間伐ボランティアグループの一員として旭地区に通うようになります。2015年から3年間は、人工林の健全度を調査するあさひ森の健康診断に参加。その地元スタッフのひとりに、旭地区の敷島自治区で子どもたちにさまざまな自然体験を提供する「ガキ大将養成講座」を主宰する安藤征夫さんがいました。安藤さんに依頼され、2017年から3年間「身近な野草を天ぷらにして食べる会」の講師を務めることに。地域に入るにつれ、人との関係性も広がっていきました。

とよた旭七森会のメンバーたち(2016年)

2019年、中根さんは押井から伊熊神社につながる山道で植物の観察をしていました。

「伊熊神社の社叢は、愛知県指定天然記念物に指定されている原生林で、とても貴重な場所です。この森のことをもっと知りたいと思って一人でじっくり歩いていたところ、『どうせ観察するなら調査をしてもらえませんか』と押井の里の鈴木啓佑さんに声をかけられました」

この出会いがきっかけとなり、押井の里での中根さんの活動が始まります。

原生林の延長にある押井の里

「伊熊神社の社叢の西側に展開する押井の里山は、自然の宝庫です。例えば、キンラン、ギンランを確認したことがあります。スミレは11種見つけました。これだけのスミレを同じ場所で見られるところは、この辺りでは他にありません」と中根さん。

豊田では珍しいアカネスミレ

環境カウンセラーの廣永輝彦さん、グリーンセイバーの山田守さんとチームを組んで、2020年は植物調査、2021年から4年間は植物に加えて、昆虫を中心とした生き物調査も行ってきました。

調査とはどんなことをするのでしょうか。

「植物、昆虫、目についたもの全てリストアップして目録を作ります。植物は、その季節にしか見られないものがあり、木であれば落ちてきた葉っぱを見て種類がわかることもあります。昆虫などの動物は、調査日ごとに種名をリストアップしてあります。1・2月を除いて毎月1回以上の調査を4年間続けてきたので、資料として充実しています」

現在、調査の総括をとりまとめ中で、自然アーカイブで公表する予定です。

発見と感動ができる子に

植物・動物調査のほかに中根さんが力を入れていること、それは子どもたちを対象にした自然体験イベントです。押井では、都市部住民と地元住民との交流を目的に、毎年11月の下旬に普賢院の美化活動ともみじまつりを合わせて行っています。ここに集まる20名ほどの子どもたちのために、2023年は「雑木林で宝さがし」、2024年は「フィールドビンゴで自然さがし!」を企画しました。

「雑木林で宝さがしでは、展示ケースなどを子どもたちに渡して、歩きながら見つけた葉っぱや木の実を好きなように並べて作品を作ってもらいました。最後は、全員が自分の作品について発表しました」

「フィールドビンゴで自然さがし!では、木の実・すべすべしたみき・いいにおいのする葉、など16項目が書かれたビンゴカードを配布して子どもたちと森を歩き、項目にある特徴を持った草木を探すゲームをしました」

ビンゴカードをチェック

中根さんが子どもたちと自然観察をする上でこだわっている点、それは「あえて名前を教えないこと」だといいます。

学校の勉強みたいに知識を詰め込むようなことは絶対にやりたくない。名前だけ知っていても意味がないと思っています。教えるのではなく、自然を読みとくための手ほどきはします。例えばモミジなら、葉の分かれ方、葉の外周のギザギザの有無や形が違います。その違いについて子どもたちに観察してもらうと、見分け方に気付きます。じっくり自分の目で見て、森のなかにたくさんの発見と感動があることに気づいてもらうことを重視しています」

トゲトゲの葉を見つけた子どもたち
抱えきれないほど大きな木があった

中根さん自身、押井の森で調査を重ねる度に、自然の中に身を置く楽しさ、充足感を味わっています。

「まず春はスミレ、初夏は新緑、秋は紅葉。季節の移り変わりで、草木がどんどん変化していく様子が美しいでしょ。何よりも新しい発見がうれしい。水たまりでオオルリボシヤンマが舞っていたり、モリアオガエルの卵を見つけたり。こんなところにこんなものがあったのかと感動します。何だろうと不思議に思えば、本で調べてもう一度現場で確認するのもおもしろい」

オオルリボシヤンマを捕まえた

自然再生に取り組む

中根さんが押井に通い始めた2020年から2024年の4年間で姿を見なくなった動植物があり、絶滅が進んでいる恐れがあります。押井の里の鈴木啓佑さんと危機感を共有し、2025年度からは自然再生に取り組んでいく予定です。

オオムラサキが舞うような森にしたいと思っています。美しい花や蝶を愛で、秋にはキノコの味覚を味わう。そんな里山の楽しみを押井に取り戻したい。蝶は幼虫が食べる植物が決まっていて、オオムラサキはエノキの葉しか食べません。エノキが増え、成虫の餌となる樹液の出るコナラなどの落葉広葉樹が増えれば、きっとオオムラサキが増えることでしょう」

ミネラルを吸うオオムラサキ

エノキやコナラなどの木は日当たりを好んで成長するので、暗い森では育つことができません。そこで、ヒノキとスギの植林と竹林を、普賢院の周辺だけでも皆伐して日当たりを良くすることができないだろうかと中根さんは考えています。

「ちょっと前までは、肥料や燃料として使うために田んぼと森の境目にある茅場の草木を刈り取って利用していました。時代の移り変わりとともに茅場の必要がなくなり放置したことで、竹が侵入し放題になった。竹は土壌を破壊するので絶滅させたいです」

人手もいるし、費用もかかる。自然再生は簡単なことではないけれど、押井でなら少しずつでも昔の里山に戻すことができる。そう確信して、中根さんは鈴木啓佑さんと膝を突き合わせ、計画を練っています。

取材を終えて

学問の恩師である財政学者の宮島洋さん、平勝寺住職の佐藤一道さん、とよた森林学校講師の北岡明彦さん、環境学者の養父志乃夫さん、動物写真家の宮崎学さん。中根さんは、取材の冒頭、最近の活動に影響を与えた5人の方々との出会いに関するエピソードを紹介してくれました。

森のなかで「発見と感動」を繰り返している中根さんは、人との出会いからも学び続け、感動することでご自身の人生を豊かにされているのだと感じました。

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