2022.11.19

「押井村誌」(現代語訳)が物語る、いにしえの暮らし~ミライを拓くヒントは、歴史の中にある〜

「押井村誌」全編
(全84P, 10.7MB)

「押井村誌」への思い

科学的な推計によれば、押井の里は70年後に消滅するといいます。すべての価値をお金で測る社会になったからです。しかし、押井の里の衆は、誰一人「時代だから仕方ない」とは言いません。断じてノーです。縄文時代から3000年も続いてきた歴史に、里の暮らしが続いていくヒントがあるはずです。

里に伝わる古文書や言い伝えの中に、そのヒントはありました。それは、自然と共にある八百万の神への畏敬、自然の一部としての人の暮らし、自給自足の営みにこそ里山の持続的な暮らしが続くメカニズムがあるということです。

「自給家族」は、損得に関わらず、安全で美味しいお米の安定確保を、その基盤である農地、人、集落と共に守っていく、暮らしを自治するコミュニティといえます。この理念の源泉は「押井村誌」の中にあり、家族が共有すべき財産と考えました。

普賢院(昭和30年代)

普賢院(昭和30年代)

「押井村誌」は、明治14年に起草されてより今日まで、歴代区長(現在は町内会長)が持ち回る区長箪笥に収納され、大切に次代に引き継がれてきましたが、虫に食われ、やがて朽ちていくことも予想されることからデジタル保存することになりました。

「押井村誌」は、反別・年貢・歴代庄屋などの記録に多くが割かれています。食とその基盤となる農地の利用調整と年貢上納を司る地域リーダー庄屋が、共同体の要にあったことが想起され、今日の営農組合に期待される役割に重なります。

神社仏閣、とりわけ普賢院に関する記述が、丁寧に記録されていることからも、守り継ぐべきふる里の財産であることの決意が読み取れ、どう次代に繋いでいくのか、今を生きる私たちに問われているように感じました。

100年後、押井の里には誰が暮らしているのでしょうか。誰が暮らしていたとしても、「押井村誌」は、人々にふる里をつないでいくヒントを与え続けてくれるものと思います。

2022.4.1 鈴木 辰吉

「押井村誌」の構成

※数字は鉛筆書きの通し番号。リンクからPDFの各ページへ遷移します。

村の概要

村の歴史

反別と年貢

村のリーダー

寺社

言い伝え

その他

翻訳者解説

押井村は、明治 11 (1878) 年から、明治 22 (1889) 年までの 11 年間、制度が移行するはざまに存在した村です。

※明治 11 (1878) 年:二井寺村と押手村が合併し、押井村が誕生。明治 22 (1889) 年:杉本村・東加塩村・押井村・万根村・菊田村・榊野村・有間村・笹戸村・市平村 ・池島村・大坪村・東萩平村が合併し、野見村が誕生。

この草案は明治 14 (1881) 年、江戸時代の暮らしが残る山間の村に明治の新制度が押し寄せてきた時期に編纂されました。 区画変更の経緯 (11・12) などは、当時地方制度が二転三転していたことが伺えて興味深いです。村誌が起草された経緯は説明がないので不明です。 押井町には草案のみが残され、実物は県か郡に提出したと思われますが、愛知県公文書館の所蔵資料検索では見つかりませんでした。

内容は、村の概要から戸数、反別、年貢、農業、寺社、学校への支出金、言い伝え、暮らしまで幅広く、反別・年貢・寄付金などの記録に多くが割かれています。 編纂にあたり改めて調査をした形跡もみられますが、帳簿や記録など、この時点で紛失していたものも多いようです。寺社では普賢院についての記述が手厚く、村民の関心が高かったことが伺えます。 しかし、裏付けとなる史料の不足により言い伝えの域を出ていないことが残念です。 農間仕事や病気・災害など実際の暮らしぶりに触れた箇所もありますが、これも史料の不足からか、多くはありません。

村の発生については、全国的にも現存する史料が限られるため不明なのはいたし方ないところですが、どんな人々がどういった経緯で住み始め、村を形成していったかはたいへん気になるところです。 また、入会地や水路などの共有地管理、講、祭り、寄り合い、身分構成(本家・分家等)、自作・小作などについても触れられていないため、人々がどのような人間関係を築いて村を治め、生活を送っていたかは、他の史料に期待したいと思います。

2021.7.9 佐藤 則子

ライタープロフィール

佐藤 則子

「裏庭畑」主催/制作ディレクター。岐阜大学地域科学研究科在学時から旭地区における地域自治の調査を行う。名古屋市立大学人間文化研究科研究員。とよた歴史マイスター。目標は自分の田んぼを持つこと。現在ニワトリ3羽と同居。

「自給家族」について

日本中の山村集落を、消滅の危機から救う為のモデルを創る。キーワードは「自給」と「家族」です。食と農のあり方や、持続可能な社会に関心をお持ちの皆さんが、「自給家族」として支え合う仲間に加わっていただくことで、それは実現できます。

まずはあなたから。次に、あなたの親しいお仲間をお誘いいただいて。押井の里のチャレンジ「源流米ミネアサヒCSAプロジェクト」を応援して下さい。

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